「置かれた場所で咲きなさい」から卒業します。

「置かれた場所で咲きなさい」

私は、この言葉をずっと信じて生きてきた。

初めてこの言葉を知ったのは、中学生の頃。
大好きで、心から尊敬していた英語の先生が、私に教えてくれた言葉だった。

当時の私には、その言葉がものすごく刺さった。
これからは、この言葉を自分の人生の軸にして生きていこう。

そう思ったことを、今でも覚えている。

なぜなら当時の私は、まさに自分が望んでいなかった場所に置かれていたからだ。

目次

第一志望に落ちて、望んでいなかった女子校へ

私は小学生の頃、中学受験をした。けれど、第一志望の学校には合格できなかった。

子どもの私にとって、それは人生で初めての大きな挫折だった。

毎日のように塾に通い、友達と遊ぶこともせず勉強に時間を費やしてきたのに目指してきた学校に行けない。
自分が思い描いていた未来が、突然なくなってしまった。
そして、私はあまり乗り気ではなかった女子校へ進学することになった。

入学したばかりの頃は、
「なんで女子校なんだろう」「本当はここに来たかったわけじゃないのに」そんな気持ちが正直あった。

けれど結果として、私はその学校で、間違いなく咲いた。
むしろ、第一志望の学校に進学していたら、出会えなかったかもしれない自分に出会った。

今では感謝の言葉しか見当たらない。

小学校時代の私は、授業中に発表することが大の苦手だった。

小学校時代の私は、授業中に発表することが大の苦手だった。

担任の先生からは、何度もこう言われていた。

「片山さん、もっと発表してください」
「もっと自信を持って」
「少しずつでも手を挙げられるように練習しましょう」

けれど、私はもともと、人前で話すことが嫌いだったのではない。

むしろ幼い頃から人が好きで、遊びとなると、みんなの中心にいることも多かった。

クラスメイトからリアクション芸人になれると言われるくらい表情も豊かだった。
ピアノの発表会もダンスの発表会も大好きだった。

人前で何かを表現すること自体は、嫌いではなかったのだ。

私が怖かったのは、「発表」だった。

上手に話せる自信がない。
自分の考えを、きれいな言葉にできる自信がない。
途中で言葉に詰まったり、間違えたりして、恥ずかしい思いをしたくない。

人前に立つことが嫌いだったのではなく、失敗することが怖かった。

だから、発表する機会から逃げていた。

発表が上手な人は、発表する回数が多かった

中学生になり、私はあることに気づいた。

発表が上手な人は、グループワークで発表者を決めるとき、
「私がやるよ」と、自分から言っている。

私はそれまで、話すことが上手だから、発表者に立候補できるのだと思っていた。

けれど、本当は逆なのかもしれない。

自分から何度も発表してきたから、話すことが上手になったのではないか。
自信があるから挑戦できるのではなく、挑戦した経験が自信をつくっているのではないか。

そう考えるようになった。

うまく話せた経験を増やしていけば、私も発表を好きになれるかもしれない。

社会に出てから初めて失敗するより、今のうちにたくさん失敗した方がいい。
中学生の今なら、うまく話せなくても、誰かに大きな損害を与えることはない。

しかも、女子校には男子はいないので
いつでも一番に手を挙げるような元気な男の子もいない。

失敗するなら、守られている今のうちに失敗しよう。
そう思い、私は自分から、人前で話す機会を取りにいくようになった。

怖いからこそ、人前に立つ役割を選んだ

最初は、授業のグループワークで発表者を担当するところから始めた。
以前の私なら、誰かが手を挙げてくれるまで、黙って待っていた。

けれど、少しだけ勇気を出して、「私が発表する」と言ってみた。

もちろん、最初から上手に話せたわけではない。
緊張したし、途中で言葉に詰まることもあった。
自分が思っていたように伝えられず、悔しくなることもあった。

それでも、一度発表を終えるたびに、
「思っていたより大丈夫だった」という経験が、少しずつ増えていった。

そして私は、少しずつ挑戦する舞台を大きくしていった。

クラスの合唱祭では指揮者をした。学年合唱の指揮者にもなった。

中学3年生では、生徒会長に立候補するという親友の影響もあり、生徒会に立候補した。
しかも私が選んだのは、生徒会の中でも特に人前で話す機会の多い「議長」という役割だった。
毎週の集会で、全校生徒の前に立ち、司会を務めた。

小学生の頃には、教室で手を挙げることさえできなかった私が、
気づけば学校の中で、最も人前に立つ生徒の一人になっていた。

私は、置かれた場所で咲いた

第一志望の学校に落ちたとき、私は自分の人生が悪い方向へ進んだと思っていた。

けれど、あまり望んでいなかった女子校だったからこそ、
過度に周囲を気にすることもなく、私は自分の意見を持ち、それを人前で表現できるようになった。

失敗を恐れて何もしないのではなく、怖くても経験を取りにいけるようになった。
小学校時代には、「もっと発表してください」と言われていた私が、
全校生徒の前に立ち、学校を代表する役割を担うようになった。

私は、間違いなく置かれた場所で咲くことができた。

ただ環境に自分を合わせたのではない。

その環境の中で、自分の弱さと向き合い、自ら経験の機会をつくった。
望んでいなかった場所を、自分が成長する場所に変えた。

だから私は、「置かれた場所で咲きなさい」という言葉を信じるようになった。

思い通りにならない場所にたどり着いても、そこでしか出会えない自分がいる。

失敗したと思っていた出来事が、後になって人生の転機になることもある。
環境が理想と違っても、自分の姿勢と行動によって、そこで得られるものは変えられる。

中学生の私にとって、この言葉は、第一志望に落ちたという挫折を希望に変えてくれる言葉だった。

「置かれた場所で咲きなさい」の本来の由来

この言葉を日本で広く知られるようにしたのは、
カトリック修道女であり、ノートルダム清心女子大学の名誉学長だった渡辺和子さんである。

渡辺さんの著書『置かれた場所で咲きなさい』は2012年に出版されたが、
言葉そのものは、渡辺さんが神父から贈られた英詩の一節に由来する。

Bloom where God has planted you.

「神があなたを植えた場所で、花を咲かせなさい」

渡辺さん自身も、36歳という若さで大学の学長に任命され、
「今の仕事さえなければ」「この立場に置かれていなければ」と悩んだ時期があった。
その中で、この言葉を心の支えにしたという。

つまり、この言葉は、すべてが順調に進んだ人が成功の秘訣として語ったものではない。

「こんなはずではなかった」と思う現実の中で、
それでも自分にできることを探し、どのように生きるかを問い続けた人の言葉だった。

そして渡辺さんのいう「咲く」とは、誰よりも目立つことでも、立派な成果を出すことでもない。

他の花と優劣を競うのではなく、自分にしか咲かせられない花を咲かせること。
仕方がないと諦めて生きるのではなく、その場所で自分も幸せに生き、周囲の人にも幸せを与えることだった。

また、どうしても花を咲かせられない日には、
無理に咲こうとせず、次に咲く日のために根を伸ばせばいいとも伝えている。

この言葉は本来、「つらくても黙って耐えなさい」という言葉ではなかった。
思い通りにならない状況の中でも、自分の生き方まで諦めないための言葉だったのだ。

それでも、大人になった今、問い直したい

私は長い間、この言葉を人生の軸にしてきた。

思い通りにならない場所に置かれても、まずはそこで頑張ろう。
環境に不満を言う前に、自分にできることを探そう。
咲けない理由を、周囲のせいにしないようにしよう。

そうやって生きてきた。

実際、その姿勢が私を成長させてくれた場面は、たくさんある。

第一志望に落ちて進学した女子校での経験は、その最たるものだった。

けれど、大人になった今、この言葉を以前とは少し違う角度から考えるようになった。

自分で環境を選べる状況でも、置かれた場所で咲こうと努力し続けることだけが正解なのだろうか。
咲けないのは、いつも本人の努力不足なのだろうか。
それとも、そもそもその場所の土や光が、自分には合っていないこともあるのだろうか。

中学生の私にとって、進学した学校は、すぐには変えられない現実だった。
第一志望に落ちたという事実を変えることはできなかった。
だからこそ、その場所で何ができるかを考え、行動することに意味があった。

けれど今の私には、当時よりも選べるものが増えている。

働く場所。住む場所。付き合う人。時間の使い方。どのような人生を生きるのか。

選択肢があるにもかかわらず、
「置かれた場所で咲かなければならない」と考えることで、
自分の可能性を狭め、自分を苦しい場所に縛りつけてしまうこともあるのではないか。

花には、それぞれに適した環境がある

花には、それぞれに適した環境がある。

たくさんの光を必要とする花もあれば、日陰で静かに育つ花もある。
乾いた土地に強い花もあれば、たくさんの水を必要とする花もある。

どれほど美しい花でも、環境が合わなければ咲くことは難しい。

それをすべて、
「花の努力が足りないからだ」と考えるのは、あまりにも酷ではないだろうか。

自分なりに努力しても、
尊厳を傷つけられ続ける場所。
心や身体を壊してしまう場所。
自分らしさを失い続ける場所。

そのような環境から離れることは、逃げではない。

自分が生きられる場所へ植え替えることもまた、自分の命を大切にするための選択だと思う。

置かれた場所で咲く”強さ”と、自分が咲ける場所を選ぶ”勇気”は、矛盾しない。

「変えられないもの」と「変えられるもの」

大切なのは、今いる場所からすぐに逃げることでも、どんな場所にも耐え続けることでもない。

目の前にある現実が、自分では変えられないものなのか。
それとも、勇気を出せば変えられるものなのか。

それを見極めることなのだと思う。

変えられない現実の中で、自分にできることを探す強さ。
変えられる環境から、自分の意思で離れる勇気。

そして、その二つを見分けるために、自分の心の声を聞くこと。

置かれた場所で咲くべきときもある。
すぐには咲けず、地面の下で根を伸ばす時期もある。

そして、ときには、
自分が咲ける場所へ移るべきときもある。

置かれた場所は、次に咲く場所を知るためにある

私は今でも、「置かれた場所で咲きなさい」という言葉が好きだ。

あのとき、この言葉を教えてもらわなければ、
私は第一志望に落ちたことを、ただの失敗として抱え続けていたかもしれない。
女子校で自分から人前に立つ機会を取りにいくこともなかったかもしれない。
小学校では手を挙げることさえ怖かった私が、全校生徒の前に立つ自分になることもなかったかもしれない。

この言葉は、間違いなく私を強くしてくれた。

だからこそ、私はこの言葉を、
「どんな環境にも黙って耐えなさい」という意味にはしたくない。

人生には、自分の思い通りにならないことがたくさんある。
その瞬間は、失敗したように感じるかもしれない。

「こんなはずではなかった」そう思うこともある。

けれど、実際にその場所へ行ったからこそ、知れることがある。
そこで挑戦したからこそ、出会える自分がいる。

その環境でしか身につかなかった強さや、
そこでしか出会えなかった人、
そこで初めて気づけた自分の向き不向きがある。

置かれた環境が自分に合わなかったということさえ、一つの大切な学びなのだと思う。

自分はどのような場所で力を発揮できるのか。
どのような人たちといると、自然体でいられるのか。
何をしているときに、心が生き生きするのか。
反対に、どのような環境では、自分らしさを失ってしまうのか。

実際にそこへ置かれ、誠実に向き合ったからこそ、初めて分かることがある。
その経験を手がかりにして、次はどこで花を咲かせたいのかを考えて進めばいい。

世界まき より

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