この世界に”幸せ”という言葉がなかったなら…

最近、ふと、人間がつくり出した概念について考えることがある。

幸せとか、不幸せとか。

「幸せ」という物体が、世界のどこかに転がっているわけではないのだから。

実際に起きているのは、
誰かと笑ったこと。ご飯がおいしかったこと。綺麗な景色を見て、胸がいっぱいになったこと。

そうした出来事や、身体の中に生まれた感覚に、人間があとから「幸せ」という名前をつけただけではないか。

目次

「幸せ」という言葉がなかったら

もし「幸せ」という言葉が存在しなかったら、
私たちは自分の人生を、幸せか不幸せかで採点することもなかったのかもしれない。

「あの人は私より幸せそう」「私はまだ幸せになれていない」「これを手に入れたら、きっと幸せになれる」

そんなことは考えずに、
今、楽しい。今、寂しい。今、安心している。今、苦しい。

ただ、その瞬間の感情を感じながら生きていたのかもしれない。

そう考えると、「幸せ」という言葉があるからこそ、
私たちは幸せを追いかけ、逆に苦しくなっているようにも思える。

結婚したら幸せ。お金があれば幸せ。好きな仕事をしていたら幸せ。
本当は、幸せに決まった形なんてないはずなのに、いつの間にか「幸せな人生の正解」までつくられている。

私たちが感じる幸せは、どこから来るのか

調べてみると、私たちが幸せと呼んでいるものには、大きく二つの層があるように思えた。

①人間の身体にもともと備わっている、心地よさや安心を感じる仕組
②社会や時代の中でつくられた「こういう人生が幸せだ」という物語

神経科学の研究では、
食事や人とのつながりなど、異なる喜びであっても、脳内では一部共通する報酬の仕組みが働くと考えられている。

食べることも、安全な場所を求めることも、仲間とつながることも、人間が生き延びるために必要だった。

だから私たちは、生存や人とのつながりに役立つことをしたとき、
「心地いい」「もう一度したい」と感じるようになったのかもしれない。
幸せは、人間を生かし、行動させるために備わった、ご褒美のようなものでもある。

ただし、脳科学では「好きだと感じること」と「もっと欲しいと求めること」は同じではないと考えられている。
何かを手に入れて満たされたはずなのに、すぐに次のものが欲しくなる。
幸せを追いかけているはずなのに、
追いかけるほど足りなくなっていくのは、人間を動かし続ける仕組みでもあるのだと思う。

一方で、何を手に入れれば幸せなのかは、国や文化、時代によって異なる。
安心したい。人とつながりたい。
こうした感覚は人間にある程度共通していても、

どんな人生を「幸せ」と呼ぶかは、社会の中でつくられている。

ユヴァル・ノア・ハラリは『サピエンス全史』の中で、
人間は、「お金」「国家」「法律」「神」など
目に見えない虚構(概念)を全員で信じ込むことで、社会を動かす強烈なパワーにしてきた生き物と説明している。

ハラリが幸せそのものを「共同幻想」と呼んでいるわけではない。
けれど、「幸せな人生とはこういうものだ」という物語にも、同じような力があるのではないだろうか。
たくさんの人が信じている概念だからこそ、私たちの人生を大きく動かしている。

私が追いかけている幸せは、本当に私のものだろうか

人間の中には、心地よさや安心を求める仕組みがある。
その上に、社会がつくった「幸せな人生の形」が重なっている。

この二つが混ざっているから、私たちはときどき、自分が本当に望んでいるものが分からなくなるのかもしれない。

心は満たされていないのに、世間が幸せだと言うものを持っているから、
「私は幸せなはずだ」と思うこともある。

反対に、心は穏やかで満たされているのに、世間の正解から外れているために、
「私はまだ幸せではない」と思ってしまうこともある。

「ただの概念」だからこそ、選び直せる

幸せが人間のつくった概念なのだとしたら、幸せなんて存在しないのだろうか。

でも、概念であることと、意味がないことは違う。

愛も、友情も、希望も、目には見えない。
それでも、それらは私たちの選択を変え、ときには生きる理由になる。

そして幸せが、誰にとっても同じ絶対的なものではなく、
心の受け取り方や社会の物語によって変わるものなら、私たちは自分の幸せを選び直すことができる。

幸せは、どれくらい自分で変えられるのか

心理学者のソニア・リュボミアスキー博士らが示した有名なモデルでは、幸福度を左右する要因は、

・遺伝的な気質が約50%。
・生活環境が約10%。
・日々の行動や考え方が約40%。

と説明されている。

幸せは、一つの感情ではない

心理学では、幸福には大きく二つの側面があると考えられている。

一つは、おいしいものを食べたり、美しい景色を見たり、誰かと笑ったりしたときに感じる、|
瞬間的な喜び。これは「ヘドニア」と呼ばれている。

もう一つは、何かに夢中になること、誰かの役に立つこと、自分の人生に意味を感じることから生まれる、|
深い充実感。「ユーダイモニア」と呼ばれる幸福である。

一瞬のときめきと、長く自分を支えてくれる意味。きっと、どちらも必要なのだと思う。

幸せをつくる五つの要素

では、自分で関われる余白の中で、何を育てていけばいいのだろう。

ポジティブ心理学を築いたマーティン・セリグマン博士は、
人の持続的な豊かさを構成するものとして、「PERMAモデル」を提唱している。

・P:Positive Emotion――喜びや感謝、安心などの前向きな感情
・E:Engagement――時間を忘れるほど何かに没頭すること
・R:Relationships――人との良い関係
・M:Meaning――自分の人生に意味を感じること
・A:Accomplishment――達成や成長を感じること

これは、五つすべてを完璧に満たせば幸せになれる、という公式ではない。

幸せとは単に「いつもうれしい気持ちでいること」ではなく、
いくつもの要素から成り立つものだという考え方である。

悲しい日でも、大切な人とのつながりを感じることはできる。
苦しい時期でも、自分の経験に意味を見つけたり、何かに夢中になったり、一歩進んだりすることはできる。

つらい感情があることと、人生が豊かであることは、必ずしも反対ではない。

PERMAは、自分に足りないものを数えるためのチェックリストではなく、
今の自分の中にすでに何があるのか。
これから何を大切に育てたいのか。

それに気づくための、五つの視点なのだと思う。

どんな状況下でも幸せに気づける人でいたい。

幸せは、ただの概念なのかもしれない。
人間がつくった言葉であり、世界の見方の一つにすぎない。

幸せという言葉は、使い方によっては檻になる。

周りと自分を比べ、人生を採点し、「幸せになりたい」と。
今が幸せでないかのように将来の幸せを希ってしまう日もある。

でも、すでに目の前にあるものを見つけるために使えば、幸せという言葉は光になる。

今日も自分、そして周りにいる大切な人が生きている。
自分を心配してくれる人がいる。ご飯がおいしい。風が気持ちいい。誰かと笑えた。

それらを「当たり前」で終わらせず、
「ああ、今の私、幸せだったんだ」と気づかせてくれる。

誰かがつくった幸せの形を追いかけるのではなく、自分の心が本当に温かくなるものを、自分で選んでいきたい。

世界まき より

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