今日、「旅」に対して大きな思い込みをしていたことに気づきました。
私はよくこう言っていました。
「旅は、人の優しさにたくさん触れられるから好き。」
「旅をすると、世界ってこんなに温かいんだって気づける。」
ずっとそう思っていました。
でも、本当は違った。
旅先も日常も、人の温かさは何も変わっていなかったんです。
旅の魔法だと思っていたものは、本当は私自身の心の在り方だったのです。
世界一周から帰国して
世界一周から帰国してからというもの、何度も写真フォルダを眺めていました。
「あの頃の私は、今までの人生で一番輝いていたな。」
旅では毎日のように奇跡みたいな出会いがあって、胸が高鳴る景色があった。
でも日本での日常に戻ると、そんな瞬間は少なく感じる。
だからこそ、現実が少し退屈に思えて、「あぁ、早くまた旅に出たい。」そう願う日々を過ごしていました。
旅に出なければ、もうあの頃のようなトキメキの連続は起こらない。
無意識のうちに、そう思い込んでいたのだっと思います。
でも今日、その考えが完全に間違っていたことに気づくことに、、、
朝はポジティブなマインドセットから
そのきっかけとなったのが、最近、書籍「ザ・パワー」を読んで始めた小さな習慣です。
朝起きたら、
「今日も元気に目覚められた。幸せだな。」
「今日はどんな素敵な一日になるだろう。」
そう思って、今日の最高な1日をイメージをしてから過ごすこと。
日中は、どんな人にも、景色にも、物にも愛を持って接すること。
そして、何が起きても心だけは穏やかでいること。
目の前の出来事が少しうまくいかなくても、人生という大きな時間で見れば、本当に小さなこと。
そんな気持ちで、一日を過ごしてみました。
すると、不思議なくらい世界が違って見えたんです。
公園で起こったトキメキの連続
今日は朝8時半からピラティスへ。
しっかり身体を動かしたあと、歩いて代々木公園へ向かいました。
レジャーシートと本を持って、自然の中でゆっくり読書でもしようと思って。
そんな軽い気持ちでした。
でも、その日の代々木公園には、
旅先で感じたときめきを呼び起こしてくれる景色と、新たな心の高鳴りが、次から次へとやってきたんです!!!
1:オーストリアの公園で見た景色
公園へ入ると、最初に目に飛び込んできたのは、
木と木の間にカラフルな旗を飾って誕生日をお祝いしている外国人家族でした。
その瞬間、オーストリアの公園で見た景色が鮮明によみがえりました。
オーストリアでも公園で誕生日をお祝いしている人たちを見かけました。
スーパーで買ってきた料理やお菓子を持ち寄って、芝生に座って笑い合う。
誰が主役なのか分からないくらい、みんなが自然体で楽しんでいました。
その光景を見たとき、私は「誕生日って本来こういうものなのかもしれない」と感じたんです。
日本では、誕生日というと、少し背伸びをして
高級レストランや豪華なプレゼントを思い浮かべることが多い気がします。
もちろん、それも素敵です。
でも、いつの間にか「どこへ行くか」「何をもらうか」が主役になってしまうこともあります。
本当は、誕生日は「何をするか」ではなく、
「あなたが生まれてきてくれてありがとう」という存在そのものを祝う日。
肩の力を抜いて、ありのままで過ごすからこそ生まれる会話や空気がある。
その場では
「あぁ、私も大切な家族や友人と日本でもこんな時間を過ごしたい。」
そう思っていたことを思い出しました。
旅先で感じた大切なことは、日常に戻ると少しずつ忘れてしまう。
だからこそ、日常の中で思い出し、実際に生き方として取り入れていくことが大切なんだと改めて感じました。
2:ベルギーやスペインで見た、公園に集まって自由に音楽を楽しむ人たちの姿
もう少し歩くと、生演奏が聞こえてきました。
ベルギーやスペインで見た、公園に集まって自由に音楽を楽しむ人たちの姿。
「あれって海外だけじゃなかったんだ。」
日本にも、こんな景色があることを私は知りませんでした。
海外に行くと、
「海外はこういうところがいいよね。日本ではそんなの見ないよ」と話すことがありますよね。
でも、本当は日本でもできる。
いや、もうすでに日本でもやっている人たちがいる。
私が知らなかっただけでした。
3:ルクセンブルクで見た、大きなシャボン玉
近くに木陰のベンチを見つけたので
そこに座って本を読み始めました。
子どもたちの笑い声、風に揺れる木々、カラスの鳴き声を聞きながら。
隣のベンチに座る人が次々と入れ替わり
1時間、もしくは2時間が経った頃、、
ふと顔を上げて遠くを見ると――
大きなシャボン玉が空を舞っていました。
「えっ!」
思わず本をベンチに置いて、走り出しました。
人生で二度目に見る、大きなシャボン玉。
初めて見たのは、ルクセンブルクでした。
その人は、「世界を旅しています。旅の資金になるので、よかったらチップをお願いします。」
という看板を掲げながら、大きなシャボン玉を飛ばしていました。
虹色に輝くシャボン玉を追いかけて、子どもたちはもちろん、大人まで笑顔になる。
観光地だったその場所に、たくさんの”ときめき”を届けていました。
「こんなふうに人を幸せにして旅をする人がいるんだ。」
そう思ったことを、今でもよく覚えています。
そして今。
その景色が、まさか日本で見られるなんて思ってもいませんでした。
シャボン玉が空に舞い始めると、子どもたちが一斉にシャボン玉に触れようと走り回ります。
親御さんたちも笑顔になる。
近くを歩いていた若者も、思わず立ち止まって参加。
気づけば、公園中の人たちの視線が虹色のシャボン玉に集まっていました。
ルクセンブルクとの違いは、一つだけ。
日本にはチップ文化がありません。
つまり、この方は何かを受け取るためではなく、
ただ休日に公園へ来た人たちへ、ときめきを届けるためだけにシャボン玉を飛ばしていたのです。
平日は忙しく働いているかもしれません。
それでも休日の貴重な時間を使って、自分の楽しみだけではなく、周りの人たちを笑顔にする。
その姿が、本当に美しいと思いました。
4:突如、お祭りムードへ
11時半頃になると、どこからかライブ会場のような賑やかな音が聞こえてきました。
音を頼りに歩いていくと、そこでは「渋谷ストリートフェスティバル・エンタメ祭」が開催されていたんです。
東京に引っ越してから3ヶ月が経ちますが、代々木公園を訪れたのは今日が初めてでした。
それなのに、まさか初めて訪れた日がお祭りの日。
何も知らずに来ただけなのに、偶然その日に出会えたことが、なんだか「歓迎されている」ようで嬉しくなりました。
旅をしていると、こういう偶然によく出会います。
事前に調べていたわけでもないのに、お祭りやイベントに遭遇したり、その土地ならではの景色に出会えたり。
そんな旅先で感じていたワクワクが、東京の日常でも起きたことに驚きました。
5:思い出の曲が流れてくる
お祭りの屋台を歩いていると、大好物のクリームドーナツを発見。
普段なら「やめておこう」と思うところですが、
「せっかくお祭りなんだから。」
そう自分に言い訳をして、一つ買ってみました。
クリームドーナツを片手に写真を撮っていると、
会場から流れてきたのは『Stay With Me』。
思わず顔を上げました。
「え、また?」
この曲は、ある大切な人との思い出の曲です。
古い曲なのに、いつも不思議なタイミングで野外で聞くんです。
でも、そのたびに私は、
「あの人との出会いには、やっぱり何か意味があるんだ。」と
大切にしようと思わせてくれます。
6:歌を聴いて涙。感動を伝えると、、、ギフトをいただく
さらに歩いていると、一人のシンガーの歌声に足が止まりました。
オリジナル曲では「色」を感情の表現として使われていて、とても印象的でした。
そしてカバーで歌われた『ガーネット』
二曲聴いただけで、自然と涙がこぼれていました。
言葉でラベルを貼れない感情。
ただ、魂が震えた。そんな感覚でした。
演奏後、その気持ちだけは伝えたくて声をかけました。
「歌声にすごく感動して、涙が出ました。」
すると、とても喜んでくださり、
「よかったら聴いてください。」
そう言って、CDをプレゼントしてくださったんです。
7:優しさは、巡っていく
帰り道、目の前で一人の女性が転びました。
幸い大きな怪我ではありませんでしたが、コンクリートで手を擦ってしまい、少し血が出ていました。
私はバッグの中に絆創膏が入っていることを思い出し、咄嗟に手渡しました。
その瞬間、6年ほど前の記憶がよみがえりました。
高校生の頃、漢字検定を受けに行く日。
試験に遅れそうで急いで走っていた私は、
両手と両膝を大きく擦りむいてしまいました。
痛くて、恥ずかしくて、どうしようもなかったあのとき。
見ず知らずの方が心配して駆け寄ってきて、絆創膏を差し出してくれたんです。
でも、あの日私が受け取ったのは、絆創膏以上のものでした。
「大丈夫?」
その一言と優しい笑顔のおかげで、手足はジンジン痛かったのに、不思議と心は温かくなりました。
「頑張ってね。」
そう応援してもらえているような気持ちのまま、私は漢字検定を受けることができたのを、今でも覚えています。
誰かから受け取った優しさは、自分の中に残り、いつかまた別の誰かへ渡っていく。
そんなふうにして、世界は少しずつ優しさでつながっているのかもしれません。
旅が教えてくれていたこと
今日、一人で過ごした午前中の公園時間が
世界一周を終えた私に、一番大切なことを思い出させてくれるなんて思ってもいませんでした。
旅だから優しさに出会えたんじゃない。
旅だから奇跡が起きていたんじゃない。
私自身がワクワクしながら世界を見ていたから、人の優しさも、小さな奇跡も受け取れる心でいられたんです。
心に余裕がある日は、世界はこんなにも愛に溢れている。
逆に余裕がなければ、同じ景色を見ても何も感じない。
同じ出来事も、ただ通り過ぎてしまう。
旅の魔法だと思っていたものは、本当は私自身の心の在り方だったのかもしれません。
あなたも日常を、旅にしてみない?
日常は、旅より刺激が少ない。
だから、ときめきも少ない。
私はずっとそう思っていました。
でも違いました。
朝、「今日はどんな素敵なことが起こるだろう」と心を整えるだけで、何気ない休日は旅のようになる。
旅先で感じていた奇跡は、特別な場所で起きていたんじゃない。
気づける心があったから、奇跡になっていただけだった。
だから私は、これからも日常の中に、ときめきを探して生きていきたい。
人に、景色に、物に、愛を持って接しながら、一日一日を大切に過ごしたい。
世界は、思っている以上に優しい。
日常の何気ない出来事の中にも、あなたの毎日を豊かにしてくれるヒントや、小さな奇跡がたくさん隠れています。
それに気づけるかどうかは、いつだって自分の心の在り方次第。
旅を終えても、旅人として生きることは終わらない。
そんな気持ちで、私はこれからも日常を歩いていこうと思います。
明日は、今日よりもっと幸せに。おやすみなさい。
2026年7月11日 世界まき より
