1. 日本語がふいに通じる瞬間がある
バリ島に来て、意外だったことがある。
それは、日本語がふいに通じる瞬間があることだ。
「バリ島では、義務教育の中で日本語を学ぶんだ」とある店の店員さんが教えてくれた。
詳しい制度までは分からないけれど、
実際に“学校で日本語を勉強した”という人に何人も出会った。
時に私の両親世代の人たち(50代)が、簡単な日本語で話しかけてくれることが多かった。
バリは観光産業が大きくて
ホテル・飲食・ツアー・お土産屋さんなど、観光客対応がそのまま収入につながる場所。
そして日本が景気の良かった時は、
海外旅行に出る日本人も増えて、バリにも今よりもっとたくさんの日本人観光客が来ていただろう。
観光地では英語だけじゃなく、“お客さんの言語”が武器になる。
だからこそ、当時の流れの中で「日本語ができる=仕事になる」場面が増えて、
学校で日本語を学んだ人が多いのかもしれない。
確かに、自分の母国語を聞くだけで、旅の緊張がすっとほどける。
言葉がひとつ繋がるだけで、距離がぐっと縮まることを実感した。
2. 英語が通じない。でも、その分“現地価格”
バリ島の観光地では、英語が通じないということはまずない。
でも、一本道を外れると場所によっては英語が全く通じない。
それを実感したのはバリ島のKuta(クタ)という地域だ。
最初は少し戸惑った。
けれどその分、ちゃんと“現地価格”(1食100円)で食べられるお店も多い。
言葉が完璧じゃなくても、身振り手振りと笑顔でなんとかなる。
むしろそのやり取りが面白い。
観光客向けに整いすぎていないぶん、街が“生活”してる感じがする。
メニューがなんて存在しない店もある。
旅先で英語が通じないのは不便。
でもその不便さは、“その街のリアル”に近づく入り口になる。
3. 当たり店を引ける理由は、センスじゃなくて「自己理解」
昔からよく言われる。
「まきが選ぶ店は決まって美味しい」
「まき、なんでそんなに当たり店引けるの?」って。
私の答えはたぶんシンプルで、
自分が嫌いなものをちゃんと分かってるからだと思う。
ここでのポイントは
好きなものにフォーカスするのではないということ
せっかく旅をしているんだから、試せばいいの
過去の好きなものから読み解くと似通ってしまう。
嫌いな味、苦手な匂い、食感。
「これは無理」「これは好き」って、自分の感覚を曖昧にしない。
だから選ぶときも外しにくい。
センスというより、自己理解なのかもしれない。
旅は情報戦に見えるけど、最後に頼れるのは自分の舌と感覚。
自分が何を苦手で、何を心地よいと思うのか。
それが分かっているだけで、旅はぐっと楽になる。
4. まとめ:不便さが、街との距離を近づける
日本語がふっと通じた時、私は安心した。
英語が通じなかった時、私は少し緊張した。
でもその両方が、クタという街を“観光地”じゃなく“生活の場所”として見せてくれた気がする。
言葉が完璧じゃなくても、伝えようとする。
相手も受け取ろうとしてくれる。
その往復の中で、旅はちゃんと前に進む。
そして最後は、自分の感覚が頼りになる。
自己理解があると、当たり店も引けるし、旅が軽くなる。
バリ島のクタは、
私に「不便さの中にある距離の縮まり方」を教えてくれた場所だった。

